
2007年01月22日
2007年01月21日
時感(時に感ずる)
『時感』
「人の顔」には、その人の「性質」や「品性」や「人格」などが如実に表われ、一見して、その人柄が解る。俗に、「四十になったら、自分の顔に責任を持て。」などといわれるが、その通りである。
「字」にも、「人の顔」と同じように、書かれた「字」には、書いた人の「教養」を含む、あらゆる内面的なものが表われる。時には、書いた人の「健康状態」さえも、顔に現れるように「字」に表れる。
現代は、ワープロの発達にともない、手書きの「字」を書かなくなってきたが、それでも、署名ぐらいは書かない訳には行かない。
この僅か数個の文字でしかない「署名」にも、そこに、その人の顔があるように、その人の内面が表れて来る。何と恐ろしいことではないだろうか。
現代は、精神文化が軽視され、物質、とくに金銭を重視する『拝金思想』が横行しているため、慾の絡んだ「犯罪」が多発している有様である。当然の帰結といえよう。
字を習うということは、字が上手になるばかりではなく、字に対する「意識」が高められる。幼児期の習字は、その時代に、たとえ字の上達が殆ど見られないとしても、意識が心の奥底に潜在し、成長期の過程において、豊かな情操が養われるとともに、将来の人格生成に効果を発揮し、成人してから、その成果が表われて来るものである。
「人の顔」には、その人の「性質」や「品性」や「人格」などが如実に表われ、一見して、その人柄が解る。俗に、「四十になったら、自分の顔に責任を持て。」などといわれるが、その通りである。
「字」にも、「人の顔」と同じように、書かれた「字」には、書いた人の「教養」を含む、あらゆる内面的なものが表われる。時には、書いた人の「健康状態」さえも、顔に現れるように「字」に表れる。
現代は、ワープロの発達にともない、手書きの「字」を書かなくなってきたが、それでも、署名ぐらいは書かない訳には行かない。
この僅か数個の文字でしかない「署名」にも、そこに、その人の顔があるように、その人の内面が表れて来る。何と恐ろしいことではないだろうか。
現代は、精神文化が軽視され、物質、とくに金銭を重視する『拝金思想』が横行しているため、慾の絡んだ「犯罪」が多発している有様である。当然の帰結といえよう。
字を習うということは、字が上手になるばかりではなく、字に対する「意識」が高められる。幼児期の習字は、その時代に、たとえ字の上達が殆ど見られないとしても、意識が心の奥底に潜在し、成長期の過程において、豊かな情操が養われるとともに、将来の人格生成に効果を発揮し、成人してから、その成果が表われて来るものである。
2007年01月20日
『出塞行』(王昌齡)

『出塞行』
白草原頭に京師(都)を望めば、
黄河は水流れて尽きる時なし。
秋天の曠野、行人絶え、
馬首東に来たるは、是れ誰ぞか知らん。
《私見》人は、書き上った『書』しかい見ていない。(見えないのだ)
2007年01月19日
王昌齡詩

『春宮曲』(王昌齡)
昨夜 風開く 露井の桃
未央前殿 月輪高し
平陽の歌舞 新に寵を承(う)け
廉外の春寒 錦袍を賜う
2007年01月12日
臨懐素千金帖

『囗(はん)溪(けい)伊(い)尹(いん)は、時を佐(たす)ける』に……たり。
2007年01月11日
神龍蘭亭第一千四百七十ー巻目執筆完了

『信(まこと)に楽しむ可き也。夫(そ)れ人の相(あい)与(とも)にー世を俯仰するや、或いは【諸(これ)を懐抱に】取りて』
2007年01月06日
李白詩

『早發白帝城』(李白)
朝に辭す、白帝彩雲の間。
千里の江陵、ー日に還る。
兩岸の猿聲、啼いて住(とど)まらず。
輕舟、已(すで)に過ぐ萬重の山。
《要点》:含墨の量を多目に、シル工ットを大切にした。
2007年01月05日
李白詩

『清平調詞三』(李白)
名花・傾國は、兩(ふたつ)ながら相(あ)い歓(よろこ)ぶ。
長(つね)に得たり、君王の笑(えみ)を帯びて看るを。
解釈(ときほどく)す、春風、無限の恨。
沈香亭北、欄干に倚る。
2007年01月01日
恭賀新年

後の『覽(み)る者、将(まさ)に斯(こ)の文に感ずる有らん』
落款文:二千七年歳在丁亥正月元日、臨神龍蘭亭、此日臨到第ー千四百六十七巻矣、今于此擱筆、時在麻姑仙舎冬窗下遥懐東晋士人


