ところで、「日課」というのは、毎日行うことですから、これを継続して行くことは大変なことだと思います。
食事は、「日課」とはいえませんが、毎日続けて行くことに変わりはありません。この食事が毎日出来なくなることがあります。これは「病気」になったときです。
文人が、「詩を作り字を習う」という日課が、毎日続けられなくなることも「病気(やまい)」といえます。
世俗の人は、この「日課」を毎日続けることが大変難しいので、行わないことが、普通であり、正常であり、健康であるとしているようです。
文人の「雅」の世界と俗世界は、このように一方は「病気」だというものが、一方では「健康」だというように、その価値観は全く相対するもののように思えます。


武州某緑化センター前の『しだれざくら』2006.4.8
北京の琉璃廠:西街の奥より東街を望む。2006.4.1